【3216】 ○ 平野 啓一郎 『ある男 (2018/09 文藝春秋) ★★★★

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単にエンタメというだけでなく、愛にとって過去とは何か? を問うている。

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ある男 (文春文庫 ひ 19-3)』『ある男』['18年/文藝春秋]

 2018(平成30)年・第70回「読売文学賞」受賞作。
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 弁護士の城戸章良は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、そこで出会った谷口大祐と再婚、新たに生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていが、ある日突然、林業に従事していた大祐は事故で命を落とす。ところが、法要の日に、長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一が、遺影に写っているのは大祐ではないと告げたことから、夫が全くの別人だったことが判明する。かつて里絵を担当した城戸は大祐(=ある男X)の正体を追う中で、驚くべき真実に近づいていく―。

 今年['22年]映画化され(監督は石川慶、主演は妻夫木聡)、今月[11月]18日に公開予定の作品ですが、映画化の前に読んで面白かったです。何とか本物の大祐に辿り着いたかと思ったら、もう一捻りあって、ミステリとしてもなかなか。だだし、単にエンタメというだけでなく、愛にとって過去とは何か? 幼少期に深い傷を負っても人は愛にたどりつけるのか?といった重いテーマに向き合っています。

 里枝の長男の、実の父親より、血のつながらない父親のほうを好きである、という設定などは、作者もずいぶん考えて、書きたいと思っていたモチーフだったとあるトークイベントで語っていましたが、こうしたメタファミリー的なテーマは最近はやりなのかも。でも、これはこれで良かったです。

 「戸籍入れ替え」のモチーフは、「このミステリーがすごい!」の2008年の「20周年ベスト・オブ・ベスト」(過去20年間のランキングでベスト20に入った作品を対象したアンケート結果)で第1位となった宮部みゆきの『火車』というスゴイ作品があるため、そこまでは行かないかなという感じです。

 ミステリとしてやや弱いかなと思うのは、絵画のタッチが親子で似ることがあるかもということがヒントになっていて、しかも、それが本人が描いた絵ではなく、本人と接触のあった人物が描いたものであるという、この辺りがちょっと線が細いかなあ。

 でも、そうしたことをカバーしているのが、愛とは何かといったテーマへの深い掘り下げであったと思います。里枝にとって夫は、確かに谷口大祐とは全く別人であったし、自分の知らない過去を抱えていたわけですが、彼と過ごした短い結婚生活はまさに幸せな人生の一時期であり、そのことによってその意義が損なわれるものではないと思います。

 だから、夫に自分の知らない過去があったとしても、例えば松本清張の『ゼロの焦点』のような、実は夫は別に愛人を持つ二重生活者だったという話とは趣が違うように思います(『ゼロの焦点』そのものは傑作だが)。

 本作について個人的に参考になった書評としては、翻訳家でエッセイストの鴻巣友季子氏が「週刊新潮」書評で、「主人公は数奇な運命をたどる里枝ではなく、あえて弁護士の方に設定されている。城戸が謎の男「X」の正体を追う物語が本筋に見えて、実はそれを通して彼が自らの夫婦、親子の問題、ひと時の恋心、死刑や被災者支援にまつわる思想、そして在日三世としてのルーツと向き合うことが主眼である」とし、「「X」の正体は半ば過ぎで当たりがつくものの、間に幾人もの偽者がいて真相はなかなか掴めない。マグリットの絵画「複製禁止」や芥川龍之介の戯曲『浅草公園』、里枝の息子が詠む俳句がモチーフを多彩に変奏する。本作は著者が近年唱える「分人」という概念の大胆な発展形と言えるだろう」と評していました。

 作者の『私とは何か―「個人」から「分人」へ』('12年/講談社現代新書)も読んでみようかなあ。個人的評価は星4つとしましたが、「読売文学賞」の受賞は妥当と思いました。

映画化作品 2022年11月18日公開 ○ 石川 慶 (原作:平野啓一郎) 「ある男」 (2022/11 松竹) ★★★★
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【2021年文庫化[文春文庫]】

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